【てことばオリジナルのページです。広国大手話部のページはレプリカです】
2002年3月、私が呉ろう学校を訪問したときの記録です。
我が大学のある黒瀬町の隣、呉市にあるろう学校へは車で30分もあればたどり着きます。この地域に住むろう者の多くを輩出してきたこの学校にはろう者の文化と歴史があります。
私の知り合いのろう者にも呉ろう学校に通った方がいます。社会に出た今でも学年の違う先輩後輩とは交流があるそうです。そして呉ろう学校には大人のろう者が出入し、自然な形でろう文化や生きた手話を伝承しています。
その呉ろう学校へ伺いました。高等部の方へ行ったのですがお昼休みには小学部の子供達とUNOをして遊びました。とても楽しく時間があっという間に過ぎてしまいました。子供達が嫌悪することなくあたたかく迎え入れてくれたことにうれしさがいっぱいです。この経験を良い思いでとして片付けることなく、今後につなげていきたいと思います。

正門を入って左手の校舎と運動場
建物はごく普通の学校となんら変わらない。ただ中で使われている手話を見ているとちょっとだけ違うのかな!?
ろう学校だからといって無音ではありませんよ。こどもが廊下を走り回る音やキャッキャと騒ぐ声も聞こえます。 |
 |

正門を入って右手の遊具
こちらの教室は平屋が続く。外見からして保育園や児童館のような感じがした。鉄棒やジャングルジムはいつの時代も変わりなくあるのですね(ボーッとジャングルジムを見つめる少女は誰!?) |
|
|

先生一人に生徒が二人
1クラス1〜2人の少数精鋭教育。ではなくて子供の数が少ないのです。ここでは少子化という問題ではなくて、元々ろう者は少ないから当然です。でも学校内のみんながお友達みたいで楽しそうでした。
(ちなみに私は団塊ジュニア世代、中学校は1クラス45名で9クラスと言っても普通でした。) |

天井には回転灯、壁には赤と緑の信号機?
回転灯はいわゆる非常ベルです。聞こえないろう者にとっても、もしもの時も安心ですね。
時限の合図はチャイムが鳴っていました。しかしあの子達はチャイムをどうやって知っているのでしょう?当然聞こえない訳だし。今度聞いてみます。
壁に掛けられている習字は三吉さんの作品。中央のバランスが良いと先生もおっしゃっていました。でも本人はまだまだ不満だそうです。向上心が強いですね☆ |
|
|

翌日が卒業式なので準備の真っ最中!これから立て看板に墨が入ります。真中に立っているのが書道の先生。そして手前の黄色い服がさやちゃん、右に座っているのがまさちゃん(共にここの生徒)。 |

この学校の敷地ってけっこう広いんですよね。幼稚部からあるので、子供にも配慮し、建物はなるべく低層に造ってあるので一番高いのが3階でした。 |
|
|

高等部の三吉さん、後ろは闘病中の写真と作文
まさちゃんの一学年下、高等部の三吉さん。幼少の頃に就学通知が来ず、今になって勉強しています。こちらの呉ろう学校へは小学部から通っています。
昨年は体調不良のため丸一年入院なさっていたといいます。闘病生活中も勉強を怠りませんでした(後方掲示板に写真がありました)。そのとき書いた作文が今でも掲示してあります。 |

オハママサコサントアライサヤカチャン
まさちゃんの膝の上に座っているさやちゃん。実は習字の邪魔をしないようにつかまっていたりして?今から先生は集中、一筆入魂します。 |
|
|

ま さ こ 新 聞 !
高等部の女の子が書いてます☆
こんどは編集長を取材に行かねば (^o^)/~
まさちゃん、こんどこのサイトに連載しない? |

階段の踊り場の掲示物
障解研コーナーと銘打ったこのスペースには模造紙がたくさん貼ってありました。この写真は左側に呉地区障解研活動からの報告、右側には夏休み中に行われた広島県聴覚障害生徒の集いの報告がされていました。 |
|
|

楽しい給食の時間。幼稚部から高等部までみーんな集まって団欒ですこの日は一年で一番豪華な給食の日、ランチバイキング。
寿司に焼うどんに湯豆腐にイカチリソースにピザにいちごに杏仁豆腐に・・・20種類位ありました。
給食のおばちゃんもみんなが好きなものを一生懸命考えてくれたので子供達(先生方も)は大喜びでした。
翌日は卒業式なので、右写真で手を上げている石野君は次のステップへと旅立ちます。おめでとう |