情報公開なんて言葉を聞きませんか?例えば病院のカルテであったり、役所の情報であったり、自分の評価であったりと形態は色々ですが要は自分が知りえる情報を公開してほしいということです。ここで出てくるキーワードは『情報』と『知る権利』です・
健常な人(健聴者)が自然に耳にしている情報を、耳の聞こえない人どのようにして得ているだろう?これは得られないのです。実際に通訳や筆談が行われているのはごく一部のときだけです。多くの場合には何もありません。黙っていたら聴覚障害者だとわかりまえせんから、通訳などが居なければ情報を得られていないなんて気づきませんよね。もし通訳がいたとしてもその場のざわめき具合や携帯電話の音、赤ちゃんの鳴き声など知りえない情報はたくさんあります。
さて、なぜ情報保障ということが取り上げられるのか。これは例えば大学の講義。同じ学費を支払っているのだから講師が話していることを全て得られて当然であるという考え方から、聴覚障害者の学生に対して通訳やノートテイカーをつけてもらいたい。つけるべきではないかという意見です。聴覚障害者がただ講義に参加しても講師の声は届きませんし、黒板のノートを見ただけでは理解に及びません。また、教室のみんなが笑っていても一人だけ話しについていけずに疎外感を味わう結果にもなります。
しかし、こうした問題があるにもかかわらず、なぜ普及しないのか。それは予算や制度など様々な障壁によります。先ほどの文章の中で、同じ学費を支払っているとありました。これです。同じ学費を支払っているのであるから、聴覚障害者だけのためにノートテイクや通訳をつけるのは、予算の独り占めになるという意見です。ただしこの点については各種補助金制度などを利用すれば学校側の負担は軽減される事実もあります。